<提言>
世界運河会議ナゴヤ2020“名古屋の水辺への提言”。
International Canal Forum NAGOYA2020 “Nagoya Urban Waterside Initiative”

中川運河そして名古屋の水辺が持つ課題と可能性について大きく3つの論点に整理したい。
1.全体としてコンセプトを持つこと。
2.港湾行政と市民参画が歩み寄ること。
3.可能な限り実現に繋がる提言であること。

まず、中川運河はこれまでに、平成24年に策定された中川運河再生計画などによって施策、事業を展開してきた。これに対し、市民・企業・行政のさらなる参加と行動を促し、地域全体として再生が進むことを願いたい。

【1.全体としてコンセプトを持つこと】
中川運河の再生においてはコンセプトが必要であることを提言する。コンセプトは地域のあらゆるステークホルダーのポジティブな対話において構築されるものである。世界運河会議はコンセプトを構築するうえで、非常に有意義なヒントが得られた機会であった。今後の議論の参考のために、以下に記しておきたい。

<グリーンインフラ>
一つには、グリーンインフラとしての価値を見いだしたい。
人口減少を迎える日本では、グリーンインフラは、拡大一辺倒だった都市のあり方を見直すきっかけとなっている。都市に自然環境を取り戻し、災害に対する脆弱性を低下させる。会議の初日には防災は総合的な対応が必要であることをBIG-Uの提案は教えてくれた。
そして私たちはあまりにも水との関わりを失ってしまった。水と親しみ、魚を釣り、できれば育てて食べることも目指したい。手すりがないボードウォークがあれば回遊性も高まる。これには安全に対する人びとの理解も欠かせない。周囲にはエディブルガーデンがあるといいだろう。そうした水辺は自ずと健康的であり、水面ではレガッタやSUP、沿岸ではサイクリングなど多様なスポーツが展開されるだろう。これらを実現するには,産業空間から個人の活動や生活の空間への分節化とその連結が重要である.このようにして出来る都市はサーキュラーエコノミー、カーボンニュートラル、環境省re100にも応えるものとなるだろう。

<ソーシャルインフラ>
また一つには、水(自然)の特徴を理解しつつ,運河の持つ文化的価値を再発見し,グリーンインフラからソーシャルインフラへと拡張することが必要である。このことをリニオ・ブルットメッソ氏の講演から学んだ。

ソーシャルには色々な意味合いがある。

まずは運河のあり方を大きく変えるきっかけとなった産業について言及したい。
中川運河の沿岸には有名な企業の倉庫が並んでいて誇らしい。その一方で、運河から一歩離れるとそこにはすぐれた技能を有する工場が立地している。リンツにみるようにスタートアップから魅力ある企業が集積していく一大産業拠点になる可能性を秘めている。
器としての都市計画も進めなければならない。都市戦略として見た場合には需要追随型のまちづくりでは許されないであろう。

ソーシャルという言葉の中には、一つには学びの重要性がある。個人個人の変容をうながし、この地域の未来に責任ある主体を育成していくことによって、社会変容を実現するものでもある。

<歴史>
また、歴史性の重視もある。中川運河と沿岸の形成史、地理的特性を踏まえていきたい。
鉄道と港湾を結んだ中川運河の拠点、ささしまエリアをさらに活性化させたい。
堀川で交通需要が満たせなくなり中川運河を建造するに到った経緯を踏まえ、両者の接続、すなわち松重閘門の復活も期待したい。既存の倉庫を残すことで地歴を活かした都市再生のシンボルとすることも大切である。
中川運河はあと10年で建造100年を迎える。それでは今から100年後に、我々はほぼ生きていないが、人びとが振り返ったときに、今の時代が、この提言が、その時代の地域の軸、基準となっているか。この意味で中川運河は「リファレンスライン」でありたい。

<デザインコード>
既存の建物で再利用しようと思えばできるものも多くある。運河に開いた都市空間をつくるならば、簡易な建築物の方がよいかもしれない。例えば軒下アート展示、リノベーション美術館、アートスタジオ、水面上の様々な展開に希望が湧く。何をするにしても統一的なルール、すなわち景観形成に向けたデザインコードの策定が必要ではないだろうか。

<テクノロジー>
空間構成だけではない。テクノロジーがビジネスへと繋がる展開、ときに大学や研究機関も関わって知的な変革を遂げることも求めたい。

<マネジメント主体とエコシステム>
アルスエレクトロニカに見るようにフェス、PRIX、センター、ラボにいたる文化のインフラを構築することが必要である。

<アート>
アートによって新しい発見、刺激がもたらされるとよい。人びとは動き出すだろう。中川運河にはすでにアートック10の基礎がある。

<モビリティ>
人びとの移動を満たすためにパーソナルモビリティの活用にも先手を打つべきである。舟運は、周辺の土地利用とあゆみを整え、活性化をするべきものである。

<用途ミックス>
周辺土地の土地利用もふくめて、用途のミックスが必要である。住宅、店舗、就業、レクリエーション、レジャー、R&Dなどさまざまな用途がコンパクトにミックスされて、あらたな時代の生活環境を構築し先導するものにするべきである。

<水面利用の可能性>
水面の静穏さをいかし、新しい利用方法の可能性を模索するべきである。サーシャ・グラセル氏の講演で水上の集落は大いにインスピレーションを与えてくれるものであった。

<社会課題の解決>
中川運河の再生は、社会課題の解決につながるものにするべきである。貧困、投資環境、都市生活、行政財政、インクルーシブな社会、自然との関係、持続可能な社会の実現などの課題解決を多様な主体を交えて実現する格好の舞台である。

<デザインの可能性>
以上の取り組みを実現するためにはデザインの持つ力を信じ、活用することが重要である。すべてのプロセスにおいてデザイン思考をベースとしながら,多様な社会的・空間的課題を解決し、全体としての価値の向上に努める必要がある。

<対話の重要性とWHYを構築することへの努力>
「なぜやらなければならないのか (Why)」が、なにが実現されるか(What)」よりも重要である。アムステルダムでは対話の労力を惜しまないとしたロン・ファン・ホゥスデン氏の講演を参考にしたい。

 これらの動きが積み上がってさらなる資本投下が進むことは、カイ・ヴーヴェ・バーグマン氏の基調講演によって誰にも鮮明に目に耳に焼き付いたことと思う。そして、これらの投資と再生によって、運河周辺や都市の資産価値が向上することはリニオ・ブルットメッソ氏の講演にあった世界の事例から見ても明らかである。

【2.港湾行政と市民参画が歩み寄ること】
行政には公共的な役回りがある。富岩運河の環水公園などにみるように民間投資を誘発する、都市再生の、都市空間のツボを押すアクションをお願いしたい。
これまでに述べてきた諸々の試みは、これまでの法制度どおりではうまく進まない可能性もある。何よりもどういう法制度があるか,どういう組織が関わっているかが、人びとに知られていない。関係する主体の間のコミュニケーションがきわめて不足しているといわざるをえない。運河再生の加速を目指すべく様々な関係者が互いを知り、語り合うようになっていく場が重要だろう。実験的取り組みへの公的支援、計画プロセスのオープン化、必要な規制の緩和、行政手続きの簡素化、一元化、複数行政機関が一体的に施策を進める協調体制の実現もこのうちに含まれる。
インターネット、SNSなどによって合意形成の方法が進化していくことも、このコロナ渦での会議開催において私たちは実感しているところである。
アウトリーチ、すなわち知られていない人に知ってもらう努力ももっとしなければならない。関心を持ってくれる人が増えればいい。
社会には弱者がいる。現状のままでは運河に簡単に近づけない人がいるかもしれない。インクルーシブデザインに期待したい。お年寄りがのんびりし、子供が走り回る運河を見てみたい。

【3.可能な限り実現に繋がる提言であること】
以上たくさんのことを述べてきたが、実行されなければ意味がない。近く中川運河再生計画が更新される。そのような機会を捉え、さらに3つほど述べておきたい。
まずJAPICから提案されたアクアグリーンベルト(水と緑の回廊空間)、ライフスタイルイノベーション(新旧が融合する職住遊環境)、キャナルモビリティネットワーク(地理的特性を活かした交通環境)はいずれも実現可能であり、賞賛に値するものであり、進めては如何かと考える。そして新型コロナのような社会的危機を乗り切る諸方策、民間整備に対する優遇策も進めなければならない。

これまでに述べた諸提案は、民産学官のいずれか単独で実現することは難しい。そこでいわゆる「都市再生推進法人」を発足させることを提案する。これが中川運河、特に中流域のにぎわいゾーンの発展に効果的に機能することを期待する。

最後に運河学会の設立を提案する。学会とはいえ、アカデミックだけでなく市民、非営利組織、企業などとの持続可能な対話の場とするものである。これまでにも中川運河プラットフォーム、また中川運河再生推進会議が運営されているが、よりオープンとしたもの、偏りがあっても許されるほどに深い議論が行える場として、あえて学会と呼びたい。いずれかの大学にて運河学を学ぶ運河学科ができればこの上ない喜びである。

世界運河会議ナゴヤ2020“名古屋の水辺への提言”。
International Canal Forum NAGOYA2020 “Nagoya Urban Waterside Initiative”